アフィリエイト広告を掲載しています
アダルトグッズは近代の商品と思い込んでる人も多いはずですが、実を言えば非常に歴史が古く、紀元前には女性用のオナニーグッズであるディルドの原型も存在したという記述があるほど。
そんな歴史のあるアダルトグッズを、江戸時代から令和の現在に至るまでを時系列で紹介します。
江戸時代は、非常に自由で日本が栄えた時代と言われていますよね。そして現代に続くようなハッキリとした形のアダルトグッズが存在しています。
江戸時代では「張形(はりがた)」と呼ばれる、現在のディルドのようなアダルトグッズがあり、大奥の女性や尼が使っていました。
張形(はりがた)
張形で自慰をする尼
明治大正のアダルトグッズ事情は、江戸時代から続く張り型だけが存在していたと思われます。
実は、この時代のアダルトグッズ事情が分からず、図書館で当時の風俗文献を読み漁りましたが、あまり記述がありませんでした。
アダルトグッズは、江戸時代から昭和まで進化しなかった「空白の時代」と言えるのかも知れません。その為、ここからは憶測混じりの話になります。
明治・大正時代は、当然「電動」は存在せず、木で作られたグッズが主流だったと思われます。
さらに一般人の目に触れる事もなく、一部のお金持ちや遊女が使う道具だったのが現実だと思います。
昭和は元年から64年間続いた時代。その昭和を約20年で刻み「初期・中期・後期」に分けて紹介します。
昭和初期のアダルトグッズ事情は、皆さんご承知の通り太平洋戦争(第二次世界大戦)があり、全く進化を見る事はできません。
さらに昭和中期まで、日本は戦後復興をしていたので、とてもアダルトグッズで性生活を楽しむという雰囲気ではありませんでした。
それが徐々に変わってきたのが、高度経済成長期に入った昭和30年から50年にかけて。
昭和32年には、南極観測船に「南極一号」と呼ばれる「ダッチワイフ(現在のラブドール)」が積み込まれていると話題になりました。
しかし南極一号についての公式記録はなく、メディアが噂話をでっち上げたとも言われていました。
ラブドールの誕生?
ようやく復興という意識が薄れてきた日本では、各地にラブホテルが作られ、夜の生活を楽しむまでになりました。
この頃には、今の卵型ローター(ピンクローター)やオナホールも作られ、徐々にアダルトグッズが進化を始めています。
昭和46年には、世界初となる電動バイブ「熊ん子」が商品化し「電動こけし」という愛称で呼ばれるようになりました。
ピンクローター
電動こけし「熊ん子」
これが現在も販売している電動バイブの基礎となり、現在まで続くアダルトグッズの大きなターニングポイントです。
ピンクローター・オナホール・電動バイブの誕生
平成は元年から31年間続いた時代。その平成を約10年で刻み「初期・中期・後期」に分けて紹介します。平成はアダルトグッズの販売数が大きく変わった時代。
平成初期は「電動こけし」のようなエポックメイキングな発明はなく、ただ「電動こけし」を進化させるだけ。
この頃はアダルトグッズの販売店も少なく、まだまだニッチな存在でした。
しかし、この頃には肩コリを解す「健康器具」の電動マッサージ器がAVに登場し始め「電マ」としてアダルトグッズの仲間入りを果たしました。
健康器具の電マがアダルトグッズの仲間入り
平成中期になると、今まで停滞していたアダルトグッズの事情がインターネットによって大きく変わり始めます。
今までテレビや紙媒体が主流だった通販会社が、ホームページを立ち上げ、徐々にネット通販が主流になります。
ネット通販の誕生
平成後期では、ネット通販の拡充で一気にアダルトグッズの販売数が伸びたのが印象的です。
それまでは「興味はあるけど恥ずかしくて買えない」という人がネット通販を利用し、アダルトグッズやオナニーグッズを買い始め、今の人気に繋がったと言えるでしょう。
この頃になると、新商品が次々販売される事になります。
ここで最も進化したアダルトグッズと言えばオナホール。特にTENGAの登場は非常に衝撃的なものでした。さらに女性のオナニーグッズの拡充も目立つ様になりました。
女性用オナニーグッズ・オナホールの進化
令和の現在、アダルトグッズは若干飽和状態。いつ新たな商品が出てくるかは分かりませんが、人間に性欲がある限りアダルトグッズは進化していく事でしょう。